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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)49号 判決

名古屋市南区浜田町四丁目一〇二番地

原告

佐藤竹一

右訴訟代理人弁護士

大矢和徳

原山剛三

名古屋市熱田区花表町一丁目

被告

熱田税務署長

清水毅

右指定代理人

服部勝彦

高橋健吉

酒井常雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は被告が昭和三九年六月二四日原告に対してなした昭和三八年分所得税の営業所得金額を金五九八、二五〇円と更正したうち金三〇六、二五〇円を超過する部分並びに金一、八〇〇円の過少申告加算税をいずれも取消す。との判決を求め、請求の原因として

一、原告は被告に対して昭和三八年分所得税に関し、確定申告として金三〇六、二五〇円を営業所得金額として申告したところ、被告は昭和三九年六月二四日に金五九八、二五〇円に更正処分し、同時に金一、八〇〇円の過少申告加算税の賦課決定をなし、その旨原告に通知した。

二、よつて原告は昭和三九年七月二四日被告に対し異議申立を為したが、何等誠意ある再調査をすることなく永らく放置し、原告の度重なる抗議によつてはじめて昭和四〇年四月にみなし審査請求として国税局協議団に送付した旨通知あり、昭和四〇年八月頃協議団の審査が行われたが、原告の請求にも拘らず、税務署長のなした更正の理由等何等明らかにすることなく一方的な審査によつていずれも棄却せられた。

三、而して原告は右審査請求を棄却する旨の裁決書謄本送付通知書を昭和四一年六月二八日受取つたが、右更正処分のうち金三〇六、二五〇円を超過する部分並びに過少申告加算税賦課決定はいずれも違法である。と述べ、被告の主張事実二の点を争い

(一)  抗告訴訟の訴訟物は当該行政処分の違法性一般であり、違法性の存否が審理の対象である(民訴法講座五巻一四四〇頁参照)。違法は手続面におけるものと実体面におけるものとに大別されるが、そのいずれもが訴訟の審理の対象となるものである。そして実体上又は手続上の違法が存すれば勿論当該行政処分は違法として取消されることになる。

被告は課税処分取消請求訴訟の訴訟物は当該年度において当該処分にかかる所得が真実存在したか否かであると主張するが所得の存否が税法規に照らして判断されるのは右実体上の違法性の有無に関連することであつてそれ自体はたしかに訴訟の対象になつているがこれに限定して手続上の違法性は裁判所の判断の枠外にある趣旨であれば明らかに誤りである。

被告は審理をことさら実体面に限定し専ら租税債務確認訴訟であるかの如き主張を展開しているがこれは抗告訴訟の本質を正解しないものである。

(二)  本件における手続的違法性は左の通りである。

更正は納税申告書に記載された課税標準または税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたときその他当該課税標準等または税額等がその調査したところと異なるとき、税務署長がなすものである(国税通則法第一六条第一項第一号、第二四条)。税額等は申告により第一次的に確定し、更正がなされることにより第二次的に確定するといわれているがより正確には申告により税額等は原則的に確定し、例外的に更正により確定するにすぎないというのが自主申告制度の理念と趣旨にそうものである。

自主申告制度の憲法的意義と国税通則法第一六条、第二四条の規定から更正なる権力の発動の要件につき次のように定式化できる。

(イ)  納税申告書が提出されたこと

(ロ)  申告に係る税額等が国税法規に従つていなかつたこと

または

税務署長が税額等を調査したこと

右調査税額等と申告税額等が異つていたこと

以上の各要件を充足したときに限り税務署長は更正処分をなしうるのであつて、右要件をみたさないのになした更正は違法である。従つて更正の要件事実たる右各要件が存在しないのに敢てなされた更正は仮に更正に係る税額等が事実と租税法規に照らして客観的に存在したとしても手続的に違法であつて取消を免れないのである。

(三)  右(二)の調査とは申告にかかる総収入額、総必要経費及びそれらの内訳並びにこれらの算出の基礎となつた資料等について実質的にかつ十二分に調査したことを要するのであり、単に営業の規模等を外見するだけといつた調査として不十分な場合は調査を尽したことにならないと解すべきである。また申告税額が調査税額と異るというのは客観的かつ合理的にみて異つていることがもつともと思料される場合でなければならないのであつて税務署長の客観性の担保のない主観的な判断または合理性を欠く判断によつて判定されてはならない。

(四)  以上から被告は更正処分の発動がその時点において通則法第一六条、第二四条の規定に適合していたことの主張立証をなすべきであり、右主張立証のない限り被告の更正は更正の要件を欠いたものとして手続的違法が存在したというべきであり、取消されるべきである。

(五)  尚附言すると行政処分のなされた時期において違法性の存否の判断をなすべきことは確定された判例、学説理論である(最高第二小法廷判決昭和二七年一月二五日民集六巻一号二二頁、同第三小法廷判決昭和二八年一〇月三〇日民集一〇巻三三一頁、同第二小法廷判決昭和三四年七月一五日民集一三巻七頁一〇六二頁、田上「判例にあらわれた行政事件訴訟の基本問題」、白石「公法関係の特質と抗告訴訟の対象」四四一頁等多数)。因みに東京地裁判決昭和三八年一二月二五日判例時報三六一号、一六頁以下は右の理論を行政における行政庁の姿意、独断によらない行政処分を受ける国民の法的利益ないし権利の観点から評論したものとして極めて示唆に富むものであり、行政の手続的保障に寄与するところ大であつて十分参考に供されるべきである。と述べた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として請求の原因たる事実一の点を認め、二、三のうち原告が昭和三九年七月二四日に異議申立をした点、被告が昭和四〇年四月みなす審査請求として名古屋国税局長へ送付しその旨の通知をした点、名古屋国税局長が昭和四一年六月二八日審査請求についての裁決書謄本(請求棄却)を原告に送付した点を認め、その余の点を争い、被告の主張として

一、本件課税処分の経緯について

(一)  (業態)

原告は本件係争年当時、名古屋市南区元塩町四丁目一番地においてクリーニング業を営んでいたものである。

(二)  (確定申告ならびに、更正および賦課決定)

原告は本件係争年分の所得税について営業所得金額を三〇六、二五〇円とする確定申告書を被告熱田税務署長へ提出した。

右申告については昭和三九年五月頃から実地調書を行わせたところ、原告は取引に関する伝票、帳簿その他の書類を備えておらず、かつ、事業の収支の実額を明らかにするため、係争年当時の概況について説明を求めてもこれに応ぜず、全く調査に非協力的であつた。

そこで被告はやむをえず、原告の取引先等について調査を行なつて収支の実額の確認につとめるとともに、確認できないものについては確認できた資料等から推計して営業所得金額を金五九八、二五〇円と算定し、これを基にして国税通則法第二十四条により別紙(一)課税処分表「更正額および賦課決定額」欄記載のとおり総所得金額および所得税額を更正するとともに、国税通則法第六十五条によりその更正により増加する部分の税額の金千円未満の端数を切捨てた額の百分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税額金一、八〇〇円を賦課決定し、昭和三九年六月二四日付で原告に通知した。なお被告が通知した所得税の更正通知書には所得の種類を営業所得と記載してあるがこれは事業所得を更に細分したものである。

(三)  (異議申立て)

原告は確定申告額を超える原処分の額は根拠のない推計によるものであるとの理由をもつて、昭和三九年七月二四日付で被告に対して異議申立てをした。

そこで被告は右異議申出てについて調査したところ、原告は係争年の四月から一二月の間の顧客に対する請求金額を記録したバラバラになつた横約一〇糎縦約一五糎の手帳用紙一六枚を提示するのみで他に事業所得の収支全般に亘つてその実績を明らかにするに足る資料の提示はなかつた。しかも右手帳は掛売りのみを記載したもので、他に相当額にのぼる現金収入のあることが認められ右資料のみによつては到底係争年の所得金額を正確に計算することは不可能であつた。

そこで被告は右異議申立てについては国税通則法第八十条第二項により昭和四〇年四月一九日名古屋国税局長に右異議申立書を送付するとともに、原告に対し同日付をもつて前記異議申立書を名古屋国税局長に送付した旨および以後当該異議申立ては国税通則法第八十条第一項の規定によるみなす審査請求として取扱われる旨を原告に通知した。

(四)  (審査請求、棄却の裁決)

そこで名古屋国税局長は右審査請求について調査したところ、係争年の原処分は正当であり、原告の請求には理由がないと認められたので審査請求を棄却する裁決を昭和四一年六月二七日付で原告に通知した。

二、原処分の正当なことについて

被告ならびに名古屋国税局長は原告の申立て、異議申立書および審査請求書に添付された所得計算書記載の数額につき、その実額を確認し得るものについては可能な限り調査し、その他については合理的な推計によつて計算をなした。これによると原告の係争年分の営業所得の金額は別紙(二)営業所得計算表のとおりとなる。したがつて右金額の範囲内でなされた被告の処分には何ら違法はない。

と述べ、原告の所説を争い課税処分の適否は客観的に当該処分にかかる所得が当該年度において真実存在したかいなかにかかるものであつて原告主張のように処分時までに蒐集された資料やこれに基づく認識、判断とかかわりあいがないことはいうまでもない(静岡地裁昭和三三年(行)第二一号所得更正決定額変更請求事件昭和四一年七月一二日判決訟務月報一二巻九号七三頁横浜地裁昭和三四年(行)第三号行政処分取消請求事件昭和四〇年三月三日判決訟務月報一一巻第五号七〇頁、東京高裁昭和三七年(ネ)第二〇九〇号所得税更正処分取消請求控訴事件昭和三九年四月八日判決訟務月報一〇巻第六号八九頁)。

即ちこれを詳論すると課税処分の取消の訴えは、一般に債務不存在確認訴訟に類する性質のものと解されているが、この訴訟で直接審査の対象となるのは当該課税処分の適否であつて、実際の課税標準等または正当な税額等の数額が直接審査の対象となるわけではないから、課税処分についても手続上の違法を問題にし得る余地がないわけではない。その意味では、課税処分の取消の訴えは民事訴訟における債務不存在確認訴訟とは明らかに性格を異にしている。しかし、課税処分は客観的抽象的には既に成立している租税債務を確認し、それを具体的に確定させるための一つの方法にすぎず(国税通則法第一五条以下および同法施行令第五条)、かつ、これまでの税法は青色申告を更正する場合における帳簿書類の調査・理由の付記などの外には、課税庁が課税標準等を認定し課税処分を行なうに際して一定の手続をとるべき旨の手続的な規制は設けていないから、課税庁の認定・計算した課税標準等または税額が税法に違反しているかどうかは、青色申告の更正の場合以外はもつぱらそれが実際の課税標準等または正当な税額等を超えているかどうかによつて決定されるものであつて、実際の課税標準等または正当な税額等の認定根拠は単なる攻撃防禦方法にすぎないと解されている。ここに課税処分の取消の訴えが民事訴訟上の債務不存在確認の訴えに類似しているといわれる理由がある。

ところで原告は、この課税処分の取消の訴えにおいて、直接審理の対象となるのは、実際の課税標準等または正当な税額等ではなく、課税処分の違法性の有無であるということと、処分の取消の訴えにおける違法性判断の基準時は処分のときであることを結びつけることによつて、被告は本件更正処分において課税標準額を認定した根拠を具体的に明らかにすべきであり、それを明らかにしない限り被告は主張責任を尽したことにならないとの結論を導こうとしている。

しかし、前述の如く、これまでの税法が原告の如き白色の申告を更正する場合に一定の手続をとるべきことを要求していない以上、原告主張の事項について被告に主張立証責任があるとは解されない。

また、所得税の更正処分はある特定の個人のある特定の年分の所得税の課税の課税標準等または所得税額等という単一の事実をその対象とする処分であり、その理由ごとに処分の個数(同一性)を異にする性質のものではない。そして、課税処分がその内容(実体)において違法とされ取消される原因となるのは、課税庁が認定・計算した課税標準等または税額等の数額が実際の課税標準等または正当な税額等を超えている以外にはないから、課税処分がその内容において適法であることについては、課税庁は自己の認定・計算した課税標準等または税額等が実際の課税標準等または正当な税額等を超えていないことを主張立証すれば足り、時期に遅れた攻撃防禦その他の法律上の要請に反しない限り、実際の課税標準等または正当な税額等がいくらであるかについての主張を変更することも許されて然るべきである。

この点について原告は、違法性判断の基準時を云々されているが前に述べたとおり、実際の課税標準等または税額等は本来課税処分よりも前にすでに一義的に決つている建前のものであり、これを処分の時で判断しても、それ以後の時点において判断してもその判断が異なり得る性質のものではないから、(行政)処分の取消の訴えにおける違法性の判断の基準時をいつとみるかによつて右の結論が異なるはずはない。

また申告納税制度とは、通常納税者の自発的申告によつて税額が一応確定する制度であり、納税者は税法の規定にもとづきみずから税額を計算して税金を納付するもので租税法規の解釈および納税の手続はまず納税者に委ねられる。税務行政機関がその申告を正当と認めるときは租税法上の手続は自動的に終了し、税務行政機関は納税者の申告がないとき、または申告が正当でなかつたときに、その租税法規の解釈および課税事実の確認にもとづいて補充的に正当な税額の全部または一部を納付せしめるものであつて、申告納税制度の下においても税務行政機関は常に公権力をもつて納税者が正確に納税義務を履行したか否かを調査する職責を有し、納税義務者の申告税額等が税務行政機関の調査したところと異なる場合は申告税額等に何ら拘束を受けることなく納税者の申告税額を更正することが出来るのであり、納税申告によつて租税債務の内容が最終的に確定するものではなく、税務行政機関の行なう更正(申告のないときは決定)権が留保されており、更正(又は決定)のないことを条件として、その申告が承認されるにすぎないのである。国税通則法第二〇条(修正申告の効力)、第二三条および同法第二九条(更正等の効力)の規定が申告税額の法的拘束力および申告税額の不可変更性を示すものとする所説は全く独自の見解であつて、申告税額についてはかかる効力は存しない(同法第一九条参照)。

処で原告は正確な所得計算をなさず更正処分がなされたと非難し、その根拠として被告税務署長が本件訴訟において原処分時における原処分の所得計算内容を主張していないことを挙げているようであるが、本件更正処分の実体要件としての所得の存否は正に本件訴訟における最大の争点であり、右実体要件に関する適法性については被告税務署長は既に主張しているところである。

そして、右の如き所得の存否に関する実体要件の主張に際して、原処分の時の所得計算内容をそのままの形で主張しなければならないという法的制約はない。被告税務署長は右の見解に立脚して、原処分時における所得計算内容を特に区別して主張することをしていないのに過ぎないけである。

従つて、原処分時の所得計算内容を特に区別して主張していないことから直ちに原処分時において正確な所得計算がなされていないということにはならない。しかるに原告から再三に亘つて原処分の理由の開示を求める要求があるので、参考までにあえてここに本件更正処分の根拠を明らかにすれば次の通りである。

原告は昭和三九年三月一六日に、昭和三八年分の所得税の確定申告書を被告税務署長に提出した。そこで被告は、昭和三九年五月二七日ごろ係員をして原告宅に赴かせ実地に調査せしめたところ、原告は取引に関する伝票・帳簿その他の書類を備えておらず係争年当時の事業概況について説明を求めてもこれに応ぜず、全く調査に非協力的であつた。そのため、被告は止むを得ず洗濯物の仕上り状況、物干場等における洗濯物の吊下りの状況等を基礎に原告の経営規模(従業員数三名、洗濯機一式、胴プレス機一台、エリ、カウスプレス機一台)等を勘案して、営業日一日当りの売上額を推定計算し、これに年間推定営業日数を乗じて年間売上額を算出し、さらに、右売上額に名古屋国税局作成にかかる昭和三八年分の西洋洗濯の所得標準率を適用して算出所得額を算定し、これより標準外経費(雇人費、外註費等)ならびに専従者控除額を控除して原告の係争年における事業所得額を算定したものである。したがつて、被告の原処分については原告主張の如き違法が存しないことは明らかである。

要するに国税通則法第二四条は「税務署長は、納税申告書の提出があつた場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときはその調査により当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」と規定している。

更正処分は課税標準等又は税額等を更正するのであるから、それによつて更正すべきところの「調査したところ」(調査の結果)とは、調査によつて認定された課税標準等又は税額等を指すことは明らかである。したがつてそこにいう調査とは課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断課税の一切を意味するものと考えられる。

すなわち、この調査は税務官庁の(イ)証拠資料の収集にはじまり、(ロ)証拠資料の取捨選択、証拠の評価、経験法則の適用を通じての事実の認定、(ハ)税法その他の法令の解釈適用による法的な判断などを経て更正処分にいたるまでのすべての行為(思考、判断)を含むきわめて包括的な概念であると解される。

国税通則法第二四条にいう「調査」とは、前述のように各税法に定める課税要件事実の充足を認識し租税債務額を確認するためのあらゆる行為を総称するものであるが、そのような調査は、もともと更正処分に限らず、あらゆる行政処分に常に先行するものである。行政処分はそれが法律行為的なものであれ、事実行為的なものであれ、また羈束的なものであれ、裁量的なものであれ何らの思考作用をも必要としないようなものはないから、何らの調査(思考、判断作用)も経ないで行政処分が行なわれるということはありえない。しかるに、一般の行政処分において、その処分の前提となる証拠資料の収集、証拠の評価、事実の認定等をその処分の手続的な適法要件として把える見解は存在しないことからも明らかなように、処分に先行するすべての行為の履践が法律上当然にその処分の手続的な適法要件とされるものではなく、法がその履践を処分の要件として要求している場合に限つて、その行為の履践が処分の手続的な適法要件となることはいうまでもないことである。

ところで、前述の如く国税通則法第二四条の調査は証拠資料の収集、事実認定、法令の解釈適用などを含む点で訴訟の審理に類似している面があるが、現行税法には訴訟の審理における証拠調べその他の手続に関する規定に対応する具体的な手続的な規定は一般的には全く設けられていない。

このように国税通則法第二四条の調査においては、その調査をどのような方法で行なうべきか等について何らの規定が設けられていないから、処分庁のする証拠資料収集、事実認定ならびに法律判断については、その手続面に関する限り処分庁に裁量権が認められていると解釈せざるをえないが、このような具体的な内容を伴わない抽象的な規定によつて法律が行政活動に対する何らかの手続的な規制を加えようとしたものとはとうてい解されない。もし法的な要件として規制を図るのであれば、もつと明確に具体的な要件をもつて個別的に規制すべきであり、さもないと行政機関に対する行為規範としての意味を全くもたないし、また手続保障規定としての実効も期待しえないからである。

また課税処分は、客観的、抽象的にはすでに成立しているところの租税債務を具体的に確定させるための確認的な羈束処分であり、税務署長の調査が不充分である結果、えられた結論(税務署長の認定)が課税処分の実体的な要件を満たしていないことになれば、その課税処分は違法であると評価され、行政上司法上の救済を受けうるものであるから、そのほかに、たとえば青色申告の更正の場合における帳簿書類の調査や理由の附記のように、積極的に一定の具体的な手続行為をなすべきことを要求する規定がなく、具体的にどのような調査をどの程度行なうかは税務署長に委ねられているのに、単に抽象的に何らかの調査をなすべきこと等を課税処分の手続的な適法要件として要求する必要性ないし実益はないといいうる。

したがつて、国税通則法第二四条は、単に申告された課税標準等または税額等が税務署長の認定計算した課税標準等または税額等と異なるときは税務署長は自己の認定計算した金額で課税標準等または税額等を更正することができることを規定しているにすぎず、それ以上の意味(調査は更正をなすにあたつての法律上の手続要件であり、その不遵守は当該処分を違法ならしめるとする意味)を有しないものと解すべきである。

これを要するに国税通則法第二四条にいう調査は、更正処分に論理上もしくは事実上先行する行為ではあるが、更正処分の手続的な適法要件とはされていないものと解される。

と述べた。

証拠として、原告は証人永吉秀嗣、同土谷博明、同中西重武の各証言と原告本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第五号証は被告において作成名義人を明らかにしないことを理由に認否をなさず、乙第一四号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べ、被告は乙第一ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、第二二号証の一、二、を提出し証人藤井昇、同今枝秀市、同大須賀俊彦、同高橋の各証言を援用した。

理由

請求の原因たる事実一の点、二、三のうち原告が昭和三九年七月二四日異議申立をなし、被告が昭和四〇年四月みなす審査請求として名古屋国税局長へ送付してその旨を原告に通知し、名古屋国税局長が昭和四一年六月二八日審査請求についての裁決書謄本(請求棄却)を原告に送付した点は当事者間に争がなく、被告の主張事実一の(一)の点は原告において明らかに争わずこれを自白したものと看做すべく、同(二)ないし(四)のうち右各事実と一致する点は当事者間に争がなく、証人藤井昇の証言により真正の成立を認めうる乙第一九号証、証人今枝秀市の証言と弁論の全趣旨によると同一の(二)のうち被告の調査に対して原告が協力的でなく、或は資料を提出せず、或は資料を備えずその事業の収支の実額を明らかにしえなかつたので被告はやむなくその調査によつて知りえた資料によりその確認につとめ、確認できないものについては確認のできた資料等から推計して本件営業所得金額を算定した点を認めうる。成立に争のない乙第一四号証、右乙第一九号証、証人高橋の証言により真正の成立を認めうる乙第一八号証、同証言によると同一の(三)のその余の点を認めうる。而して証人大須賀俊彦の証言により真正の成立を認めうる乙第一ないし第五号証(以上乙号各証は作成名義人の個所に貼紙がしてあつてこれを明にしえざるもこれは所得税第二四三条によりやむをえざるものと認められる)、第六ないし第一三号証(一部紙を貼つて不明となつた部分を存するもこれも右と同様右所得税法第二四三条によりやむをえざる措置と認める)、証人藤井昇の証言により真正の成立を認めうる乙第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、第二二号証の一、二、前記乙第一四、第一八号証、右各証言と弁論の全趣旨によると被告の主張事実二の点を窮知しうる。原告の各証拠中右認定事実に反する部分は被告の前記各証拠に対比して措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

而して原告の所説(一)の点は大率被告の争わぬところであり、同(二)の点も自主申告により租税債務の内容が最終的に確定するものでなく、税務行政機関の行う更正権が留保されており、更正のないことを条件としてその申告が承認されるとする外は大率被告の争わぬところである。同(三)の点については国税通則法第二四条に関する被告の所説をもつて妥当とすべく、原告の所説は首肯し難い。原告は自主申告を強調しながら自らその基礎となるべき主要なる資料をすら殆んど具備することなく、税務行政機関に対しては実質的にかつ十二分な調査を要求せんとしているのは如何なものであろうか。勿論更正処分をするにはそれだけの十分な調査は必要であろうし、またそれは原告よりの資料の提供が少なければ少ないだけより困難な仕事であることはいともみやすいところであるが、それだからとてよい加減な見込のもとになされてよい筈はなく客観的かつ合理的にみて申告税額が調査税額と異つていることが必須要件となることは原告の指摘する通りである。しかるに被告は前記認定説示の通り右更正処分にあたり可及的に原告の業態をつかみこれに基き原告の本件事業所得額を推定算出したものであり、右の資料蒐集が原告の指摘するような瑕疵あるものとも認められなく、これがその後のより精度の高い調査により合理的に推定算出された所得額の範囲内のものであることが明らかにされているので被告の本件更正処分には原告の指摘するような手続面における違法を認め難く、その他にこれを取消さねばならないような瑕疵も認められないので、原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法第八九条により主文のように判決する。

(判事 小沢三朗)

別紙(一)

課税処分表

〈省略〉

別紙(二)

営業所得計算表

〈省略〉

雇人費 二〇〇、〇〇〇円

外註費 一〇八、〇四五

○専従者控除 七三、七五〇

(三) 差引営業所得金額(一)―(二) 一、二〇八、二四五

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